鳥籠の中に光る虚ろ

 仕方のないことだった。
 本当はこんなことしたくなかったなんてただの言い訳だが、彼女を生かすためにはこれしか方法がなかった。
 既に新たな神子が芽吹きつつあることや、現神子である彼女がそろそろ処分されてしまうことも、光の民に放った諜報員の情報でわかっていたこと。戦場に立った時点で互いに死んでしまうであろう運命から逃れられないというのなら、彼女と生きるための道を切り開くしかないのだと考えた末に至った行動。神子を誘拐し、監禁。神子が行方不明になれば、光の民は躍起になって探すだろうが、実際は次のめどが立っている状態だ。こんなことは考えたくもないが、きっと彼女の捜索は早々に打ち切られるだろう。
 神子や闇王は、代わりがあれば構わないのだ。互いに、その象徴でしかないのだから。

 約束の場所で笑みを絶やさず会話をするアイテルはなにも疑問を持たない。ただ会話して、楽しいことを言葉にしていく。
 光からも、闇からも、その場所は隔離された場所だ。誰も寄りつかない、毒素の多いその場所は、神子と闇王しか近寄れない、いわば蜃気楼のような、幻術にまみれた場所でもあった。
「ムエット、今日はいつも以上に無口だね」
「……そうか」
「どうしたの?」
 アイテルに覗き込まれ、口元だけ歪ませて、ムエットはなんでもないよと吐き出す。
 さて、どうしようか。どうやって連れて行こうか。彼女には闇は毒だろうか。監禁だと可哀想かな。私の部屋に檻を作ろうか。鎖でつないで、逃げないように。
「……アイテル」
 高鳴る心臓の音をゆっくりと鎮めて、彼女を呼ぶ。彼女は振り返って、「なあに?」と言葉をこぼそうとしていたが、そんなものは待っていられなかった。軽い脳震盪を起こさせるような衝撃。ふ、と目に光を失い、膝をつく。打ち所が悪ければ、小さな少女である彼女は死んでしまうだろう。心臓の当たりに耳を寄せ、生きていることに安堵する。
「……愛しているよ」
 気絶した少女を抱き上げて、なあに? という言葉に返事をするように言葉を紡いで、軽くキスをした。

「闇王様、その者は?」
 城に戻ると宮仕えの者に遭遇する。面倒臭いなと思いながらも、口を開こうとすると、その宮仕えは先に口を開く。
「その髪色……まさか、光の民」
「……察しがいいな。その通りだ。闇の領地に踏み込んでいたのでな、飼おうかと、思っている」
 眉を顰め、闇王様も人が悪いなどと言いながらも口元は笑っていた。
 虫酸が走る。
 闇の民は自分たちとは違う種族のものに対し、人という扱いをしない者がいる。歴史的にみれば、それはさも当然のように言われてきていたが、そんなことはおかしいのだ。光も闇も信仰が違えど同じ人であることには変わらない。
「……終わるべきなのは、闇の民なのだろうな」
 ムエットは自嘲気味に言葉をこぼした。

 鎖がシャランと鳴った。その音は、闇王の部屋に繋がる、代々の闇王が私用していた監禁用の檻。闇王にしか知らされていないその場所に、人が入り込むことなどない。
 何十年、何百年とあるはずのその檻は、使用されずに置かれていたこともあり、所々剥げてはいるが、朽ちている様子はなかった。
 檻の中には、簡易ベッドと洗面台とトイレがひとつずつあり、その中に一緒に入り、アイテルをベッドに横たわらせる。そして、壁に繋がれている鎖の端を少女の足と繋げ、手にも簡単な手錠を嵌めておく。
 ひとつ、ため息。
 ホッとした、とでも言うのだろうか。案じることがたくさんある筈なのに、自分のものになると思った瞬間、とてつもない安堵感に心が支配される。許されることなどないことを、王という権限で具現化させてみせた行動は、あまりにも常軌を逸している。
「……アイテル」
 少女が規則正しい息をしていることを確かめて、ソッと頭をなでた。

 少女を眺められる場所に背を預け、目覚めるのを待った。目覚めなければ意味がない。この状況を、自身を赦されないために、少女には起きてもらわなければならないのだ。
「……う」
 小さく唸って、息が漏れる。少女は見たことのない天井を見るやいなや、即座に起き上がる。髪を揺らす音がして、キョロキョロと辺りを見回しているのだろうかと何とはなしに思う。そちらを向けばいいのだろうが、自分が起こした罪を視界に入れたくないためか、ぼんやりとベッドの脚を眺めていた。
「ム、エット?」
 少女に名を呼ばれたが反応などできるはずもなく、いつもよりも眉間に力を入れてベッドの足元の虚空を見ている。ただ、そこにあるものを在ると感じずに、視線を向けているだけなのだが。
 鎖の擦れる音がして肩を揺らす。自分は少女の自由を奪った罪の重さに、更に眉をつり上げた。
 衣擦れの音がして、何気なしに向けていた視界に少女が入ってくる。心配そうな、申しわけなさそうな、困った顔をして、目を合わせようとする。
 ここにいれば、閉じこめておけば、きっと一緒にいられると、そう信じているものの、自分の起こした行動の浅ましさに嫌悪する。純粋な青い目が、黒く汚れた私を捕らえて離さない。
「ね、ムエット、ボクは帰らなきゃ」
 停止。
 アイテルは私の頬に手を寄せ、わかりきっていたことを、さも当たり前のように、宥めるような口調で言葉にする。
 嫌悪。
 帰して、どうするんだ。今更、なにを言っているんだ。既に物語は進んでしまったというのに、アイテルは自分の前から姿を消したいというのか。
 吐き気。
 もう、後戻りはできないのだ。
「………そんなに」
「え?」
 優しく頬を包むアイテルの手を取り、ゆっくりと顔を上げる。首に力を入れて、決意を固めて、今から少女に絶望を見せる男の顔を、しっかりと見据えてもらうために。
「……そんなに帰りたいなら、帰れないようにしてあげる」
 小さな体を簡単に床へと押し倒す。痛かったのか、小さな悲鳴を上げて、顔をしかめてしまった。こんなところでしたら痛いだろうか。すぐそばにベッドがあるというのに、そこに連れて行く余裕すらない。
「ムエット……?」
「……アイテル、」
 ーー私を決して赦さないでいて

 ジャラジャラと鎖の音がうるさい。体重を預けず、馬乗りの状態。下で震えているアイテルに抵抗をされるかと思ったが、なにをされるのかわからない恐怖なのか怯えているだけのようだ。これでは罪はどんどん増えていくのではないだろうか。なにも知らない抵抗のできない少女に、女というものを体で知ってもらうなど、ただの強姦。閉じこめておいて合意の上でなんて思ってはいなかったが、まさかこの行為すら少女はわからないというのなら、それはきっと恐ろしい罪。
「ムエット、なにを」
 訳が分からないという表情の少女の服を上下とも簡単に破いて、少女が悲鳴を上げる前に口を左手で押さえつける。その左手が苦しいのか、呻き声を上げて引っかいてくる。目を細めると、アイテルは目を大きく見開いて、その手をおさめた。
 いくらでも、傷付けてくれていいのに。なんて考えながら左手をどけて、今度は右手でアイテルの内股を撫でると、びくりと反応する。こんな環境下であっても、体は感じてしまうのかと、少女も女なのだという変な感覚に陥る。自分も男で、女の匂いや体を見ると反応してしまう。数時間前までは、こんなことなど微塵にも考えていなかったはずなのに。
「ムエット、何か、言って」
 震えた声がまだ名を呼ぶ。それだけで気持ちは高ぶり、何かが許された気がしてしまう。そんなことなどありはしないのに、名を呼ばれるたび、気持ちが和らいでいく。
 しかし、それではいけないのだ。
「……ごめんね」
 それ以上の言葉などなかった。蔑まれてもいい。叱咤されたっていい。この行為が、少女を壊すことになるのだとしても、自分にはこれしか方法がなかったのだ。これしか、見つからなかったのだ。少女を守るためなら、自分のそばにいてもらうためなら、壊れてしまっても自分のそばにいてもらえるなら。自分はアイテルに嫌われてしまっても良かったのだ。
 アイテルを愛していたから。
 そこからは、言葉など交わしていない。アイテルは何度か名を呼んだが、甘い返事ができるような余裕などありはしなかった。
 少女の体は柔らかく、しなやかで、触れてしまえば折れてしまうようだが、それを壊してしまいたい衝動を消すことなどできない。アイテルの感じる場所を探しながら、性感体を撫で上げていく。耳を舐めてみたり、深く口づけてみたり、首や腹を撫でてみたりする。小ぶりの胸を吸い上げると、アイテルの腰は浮き上がり、快感に耐えているようだった。少女の体が女へと向かうことに罪悪感を感じながら、膣の濡れなど気にせず、アイテルを貫く。痛みと息が詰まるような感覚にアイテルはただ耐えているだけだったが、構わず腰を動かし、少女の名を何度か呼んで中で果てた。

「……ムエット」
 ベッドの上の少女が名を呼ぶ。その声に、心臓が持って行かれるような感覚に陥る。
 持って行かれてもいいかもしれない。いや、既に持って行かれているのか。名を呼ばれるたび、泣きそうになるこの感情は、甘い、恋、だろうか。
 けれど、
「返事ぐらい、してよ」
「……ごめんね」
 気丈に振る舞っていなくてはならない。これは、自身への罰なのだから。愛の言葉など意味をなさず、私という存在はただの卑俗な者なのだ。
 恨まれたっていい。そばにおいておけるのなら。
「……ごめん」
 私はうまく笑えているかな?


 鳥籠の中に光る駒鳥。
 もう決して離しはしない。


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