二十歳

白坂葉次、今日で二十歳となりました。これからは成人として、大人として恥ずかしくない日を過ごしていきたいです。なんて、そんな実感などないけれど、今日が誕生日なのは間違いなく事実だ。
 バイトは休みにしてもらえたし、兄は会社を定時で終わらせて俺を飲みに連れて行ってくれるらしい。宅飲みで構わないと言ったのに、連れて行きたい店がたくさんあるんだと笑う兄に降参した。

「ハイペースだなー。あんまり飲むなよ? 連れて帰るの誰だと思ってるんだよ」
「らいじょーぶらって!」
 既に呂律が回っていない。トイレに行くだけで壁にぶつかり、ドアが開けられない。いったい誰がこんな飲み方教えたのかとそいつをぶん殴ってやりたい気持ちになったが、兄の美味しいお酒を飲みたいという一言で勉強しだしたのは俺で、宅飲みで次々注いだのは俺だったことを思い出す。取り敢えず、自分の頬をパチンと叩いておいた。
「らにしてんら?」
「いや、なにも。ところで、そろそろ帰らない? 流石に三軒ハシゴして飲み疲れちゃったんだけど」
「うー……わかった。じゃあ、かえろー」
 たどたどしく喋る兄から財布を預かって、会計をすませる。「タクシー呼びましょうか?」と店員に声をかけられるが、遠慮しておいた。タクシー乗って吐かれても困るし。
 ……本当は自分がいつものように車を運転して帰ればいいんだろうけれど、今日は飲めという兄からのお達しだったので、運転はできませんでした。

「ちゃんと歩いて」
「もー、むりぃ」
 人の肩を悪びれもなく使い、体重は半分以上預けていている。重たいんですけどと言おうものなら困り顔で人の顔を覗き込んでくるので手のひらで顔全体を叩いてやった……くっそ、ヘラヘラしやがって。
 俺だって酒強いほうだとしても、若いからかもしれないけれど、しんどいんですよ。少しだけ背の高い兄を力の入りにくい酒の入った足で運ぶなんて危なすぎる。仕方なく近くにあったホテルに入ることにした。

 ぐだぐだのベロベロ。頬を軽く叩いてから、水を飲ませる。ベッドのわきに座り、手を広げるので、どうやら脱がせてくれということらしい。兄はいつもこんな風に誰かに甘えているんだろうか。
 少しだけイラつきながら、兄をパンツだけの姿にする。いつも家でみている姿に興奮もなにも……と思っていましたが、雰囲気が違うだけでこうも違うんだなと内心で納得してしまった。ホテル効果凄い。
 所詮は酔っ払い。いとも簡単に押し倒してしまったのだが、兄はそんな俺を悪びれもなく抱きしめる。
「よーちゃん」
「その呼び方やめろよ」
「ちゅーしようよ」
 誘ったのは、兄なんだ。
 よくない感じに酔っ払って帰ってくると、だいたい飛びついてきてキスを求める。小さい頃はよくしてくれたとか、いつのことだよと溜め息混じりにしてやると、満足そうに眠る日常。俺の小さい頃なんて俺自身が覚えていないっていうのに、兄にとって弟は弟でしかないのだということが胸に刺さった。
 小さい頃の俺に嫉妬する女々しい男だな俺は。
「ちゅー」
 満足そうに奪って、へらっと笑うから、その顔にイラついて、呼吸を奪う。
 ああ、俺はなにをしているんだろう。
 朦朧としながらも、兄の舌を絡め取って、貪って、唇が腫れてしまうほど吸い上げて、唾液を飽くまで混ぜあった。
「っは、よー……、ちゃ」
 上気した顔。口元は唾液まみれ。とろんとした目をこちらに向けてから、兄は目を閉じた。
 勢いに任せてやってしまったが、とんでもないことをしたのではないかと思いつつ、兄の口元を拭いて、頭を冷やすためにシャワーを浴びてから眠ることにした。
 きっとこれは、夢なんだ。明日になったら忘れてしまう。

 朝、起きると隣に眠っているはずの兄はその場にいなかった。


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